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@Patent_SUN 21.04 03:35
I propose that people around the world call the “science” of the medical and environmental fields “Science™.” They follow the Science™. I don’t.
🇩🇪 Übersetzung
Ich schlage vor, dass Menschen auf der ganzen Welt die „Wissenschaft“ in den Bereichen Medizin und Umwelt „Science™“ nennen. Sie folgen der Science™. Ich tu nicht.
Nitter X.com nur @Patent_SUN 2026-04-21 08:10:47
@Patent_SUN 20.04 23:32
Anti-vaxxers Are Not Actually ‘Taking Away Other People’s Freedom.’ Those who unquestioningly place their faith in vaccines are merely restricting their own freedom. I do not see it as enormously selfish. It simply means that anti-vaxxers are exercising autonomous thought in response to opaque medical policies.
🇩🇪 Übersetzung
Anti-Vaxxer nehmen nicht wirklich „anderen Menschen ihre Freiheit“. Diejenigen, die bedingungslos auf Impfstoffe vertrauen, schränken lediglich ihre eigene Freiheit ein. Ich halte es nicht für übermäßig egoistisch. Es bedeutet lediglich, dass Anti-Vaxxer als Reaktion auf undurchsichtige medizinische Richtlinien autonomes Denken an den Tag legen.
Nitter X.com nur @Patent_SUN 2026-04-21 08:10:47
@Patent_SUN 17.04 08:44
Well, given that the function of masks has evolved over the past several years from “shielding” to “comfort” and “appearance,” you can probably guess what that implies.
🇩🇪 Übersetzung
Nun, wenn man bedenkt, dass sich die Funktion von Masken in den letzten Jahren von „Abschirmung“ zu „Komfort“ und „Aussehen“ weiterentwickelt hat, können Sie sich wahrscheinlich vorstellen, was das bedeutet.
Nitter X.com nur @Patent_SUN 2026-04-18 08:13:39
@Patent_SUN @BanounHelene RT von @Patent_SUN 14.04 05:54
Le brevet CureVac pour la fabrication des ARNm listait déjà tous les dangers des contaminants ADN dont l’intégration dans le génome et la production sans fin de la protéine étrangère
🇩🇪 Übersetzung
RT von @Patent_SUN: Das CureVac-Zertifikat für die ARNm-Herstellung listet alle Gefahren der ADN-Kontaminanten auf
Nitter X.com nur @Patent_SUN 2026-04-15 06:10:09
@Patent_SUN 13.04 02:30
Have the majority of people who stopped receiving mRNA vaccine boosters been so governed by social norms that they are unable to articulate even such a simple fact?
🇩🇪 Übersetzung
Ist die Mehrheit der Menschen, die keine mRNA-Impfungsauffrischungen erhalten haben, so stark von gesellschaftlichen Normen geprägt, dass sie nicht einmal in der Lage sind, eine so einfache Tatsache zu artikulieren?
Nitter X.com nur @Patent_SUN 2026-04-13 06:12:22
@Patent_SUN 13.04 00:46
いじめ問題は「誰を逸脱者として名指し、排除するのか」という権力構造のもとで発生する人権侵害(個人の尊厳の侵害)です。この構造は、逸脱の定義とその処理を通じて社会秩序を維持する凡ゆる社会に内在し、子ども社会も例外ではありません。 医学でも同様に、「病気」や「病原」といった命名行為を通じて、「正常と異常」、「健康と疾病」という二項対立が構築されます。その結果、「逸脱者」が制度的に生成され、「逸脱者」に対する介入、治療、矯正、排除といった実践が正当化されます。 医学的規範に従う者が「正常」、「科学的」、「合理的」と定義され、それに抗う者が「非科学的」、「反ワク」、「陰謀論」といったラベルによって「逸脱者」として排除される現象も、この権力メカニズムの延長線上に位置します。 医学的実践は、「悪意」を前提とするいじめ問題とは異なり、「患者の意思」や「善意」を前提としています。また、緊急性を伴う状況においては、不作為それ自体が却って人権侵害となり得るため、凡ゆる医療行為が直ちに人権侵害に該当するわけではありません。 しかし、医学は人権侵害の可能性を内包しながらも、それを原理的に排除する体系として構築されているわけではありません。医療行為と人権侵害との境界は、予め固定された不変的区分ではなく、社会的・制度的文脈の中で構築される可変的概念です。 この点は、医学が本質的に他者の身体への侵襲的介入を制度的に正当化された形で遂行する実践であることに由来します。その適用は個別的かつ状況依存的であり、社会一般に単純に普遍化され得るものではありません。 それにも関わらず、多くの侵襲的医療行為が人権侵害と見なされないのは、「科学的根拠」や「インフォームド・コンセント」といった制度言語によって、その加害性が「同意」、「リスク」、「利益」、「治療」、「配慮」、「愛する者のため」といった語彙へと再記述されるためです。これらの語彙は、その内実の如何を問わずに規範的正当化の機能を果たします。 医学は「何を人権侵害と呼び、何を人権侵害と呼ばないのか」という境界そのものを定義する実践体系として社会の中に配置されています。 この点は、1948年制定の「優生保護法」において、1996年に「優生条項」が削除されるまでの約半世紀に亘って制度が運用された歴史的事実に端的に示されています。 当時、この法律は「母体保護」や「公益」といった「善意」の枠組みのもと、憲法秩序の内部で合法的に運用されていました。しかし、人権意識の変遷に伴い、その評価は転換し、最終的には優生的理由により約8万4千人の権利が侵害された事例として再定位されました。 ここで重要なのは、憲法自体は改正されていないにも関わらず、人権の解釈が変容した事実です。 これを踏まえると、医学における人権は固定的・普遍的概念ではなく、司法判断によって暫定的に確定されつつも、歴史的・制度的条件に依存して変動し続ける相対的かつ流動的な概念として理解されるべきです。 医学は人権侵害を放置するのではなく、むしろその侵襲性故に人権侵害の境界そのものを生成し続ける実践です。 功利主義的計算を前提とする医学が、義務論的尊厳との間で緊張を抱えながらも実際の制度として機能し得るのは、侵襲や加害性を「社会の中で認知され難い形」へと再構成・再記述するメカニズムを内在させているためです。
Nitter X.com nur @Patent_SUN 2026-04-13 06:12:22
@Patent_SUN 10.04 01:56
これは「人間の定義」に関わる問題です。しかし、これと同等、或いはそれ以上に深刻なことは、これが「優生思想」に直結した問題である、という視点が欠如していることです。
Nitter X.com nur @Patent_SUN 2026-04-10 04:14:13
@Patent_SUN 09.04 08:38
Welcome🤙🏼
Nitter X.com nur @Patent_SUN 2026-04-10 04:14:13
@Patent_SUN 08.04 04:35
R to @Patent_SUN: ◼️厚労省の資料 https://www.mhlw.go.jp/content/10900000/000864824.pdf https://www.mhlw.go.jp/content/10900000/001017433.pdf ◼️ WHOのマニュアル https://iris.who.int/server/api/core/bitstreams/f6816ba8-3c56-4a80-b98a-f2ac1c1cac85/content
🇩🇪 Übersetzung
R an @Patent_SUN: ◼️厚労省の資料 https://www.mhlw.go.jp/content/10900000/000864824.pdf https://www.mhlw.go.jp/content/10900000/001017433.pdf ◼️ WERのマニュアル https://iris.who.int/server/api/core/bitstreams/f6816ba8-3c56-4a80-b98a-f2ac1c1cac85/content
Nitter X.com nur @Patent_SUN 2026-04-09 02:13:28
@Patent_SUN 08.04 04:24
予防接種健康被害救済制度において「厳密な因果関係の検証の末に承認されたからその判定は正しい」というロジックが成立するのであれば、同一の手続きに基づいて導かれた「否認」の判定も同様に正しいものとして受け入れられなければなりません。 これは単なる立場の問題ではなく、同一の認識論的基準を採用する以上、不可避に導かれる帰結です。 したがって、「承認には異議を唱えないが、否認には異議を唱える」という立場は「厳密な因果関係の検証」という前提に依拠する限り、論理的に維持不可能です。 この立場を維持するためには、「否認も厳密な検証の結果である以上、受け入れられるべきである」と、否認された被害者に対して明確に言い切る必要があります。 しかし、この帰結を甘受できないのであれば、そこから導かれる結論は一つです。すなわち、救済制度においては「厳密な因果関係の検証」は行われていない、ということです。 この点を曖昧にしたまま「被害者の因果関係は正しく認定されている」というのであれば、それはもはや事実の記述ではなく、自らの主張の正当性を補強するための修辞に過ぎません。 この修辞は「望ましい結果が得られた場合にのみ検証を信頼し、不都合な結果については同一の基準を適用しない」という恣意的な選別を行なっていることを意味します。 この問題で重要なことは、「厳密な因果関係の検証」が如何なる制度的文脈で相対的に高い精度で担保され得るのか、という点です。 一般的にそれは証拠調べや反対尋問といった手続保障を通じて個別事実の認定が行われる司法手続きの過程においてであり、これは迅速性や実務的判断を優先せざるを得ない行政的な救済制度の枠組みとは性質を異にするものです。 したがって、救済制度における判断は、司法と比較してより低い蓋然性に依拠したものにならざるを得ません。 そしてこの構造は医学制度(厚労省)自身によってすでに明示されています。すなわち、それは『個別事例において予防接種とその後の有害事象との因果関係を厳密に証明することは通常不可能である』という前提です。 これはWHOの因果関係評価マニュアルを引用したものであり、医学制度は初めから「厳密検証」や「高度な蓋然性」を謳ってはいないのです。 この前提が採用されている以上、救済制度における判断は原理的に「厳密な証明」や「高度な蓋然性」ではなく、「否定できない程度の蓋然性」に基づくものになります。 本質的な問題は、この科学的・認識論的な限界が、立証責任の配分において非対称的に運用されている点です。 すなわち、医学制度は一般論として「因果関係の厳密な証明は不可能である」と主張しながら、個別事例においては被害者に対して事実上それに近い水準の立証を要求します。 この要求においては「証明不可能である」という前提そのものが、被害者に対して恒常的に不利な条件として機能します。 何故なら、アナフィラキシーのような時間的近接性や明確な医学的連関が認められる場合を除き、個別事例における因果関係の立証は突如として極めて困難になるからです。 被害者は「証明不可能性」という前提の中で構築された監獄に拘束され続け、結果として「証明できないこと」を理由に排除され続けることになります。 これは制度側が本来引き受けるべき科学的・認識論的限界を被害者に転嫁していることを意味します。 つまり、これは「医学制度が自ら引き起こした盲目的な加害性」に対して「証明不可能性を前提としつつ、その証明を被害者に暗黙に要求する」という制度設計そのものの問題です。 医学制度が自らの限界を自認しながら、その帰結を被害者に負担させるのであれば、たとえそのプロセスに制度的妥協が存在しても、それは「救済」とは呼べません。 それは「被害者選別フィルター」です。 個別事例において因果関係の厳密な証明が通常不可能であるにも関わらず、その不可能性を前提とした制度設計が採用され、その負担が被害者に帰せられるのであれば、そのような問題を引き起こす医療介入に道義的正当性を見出すことはできず、社会に導入すべき倫理的根拠を欠いていることは明白です。 この点を医学制度が明示的に認め、科学的・認識論的限界に対応した責任配分と救済原理を再構築しない限り、被害者は今後も「証明不能」を理由に切り捨てられ続けることになります。 自ら生み出した科学的・認識論的な限界を盾に自らの加害行為の因果関係の立証責任を被害者に課すのが医学制度であり、医学者です。 「証明不可能なものの証明」を被害者に転嫁し続け、その前提を盾に「因果関係の不在」や「安全性」を語るのが医学制度であり、医学者です。 このような倫理的にも論理的にも破綻した医療介入は本来的には社会に導入されるべきではないし、関わるべきではないのです。
Nitter X.com nur @Patent_SUN 2026-04-09 02:13:28
@Patent_SUN 06.04 08:46
大人は社会の要請に子どもを適合させるため、制度的に定義された「正しい答え」へと善意の下で子どもを導き、その過程で無自覚のうちに子どもを規律化していきます。 この規律化は「逸脱者を可視化し、排除する」ことによって成立します。 「教師」や「先生」、「指導者」と呼ばれる謂わば「規律化装置の維持を担う存在」が子どもの不適合を指摘することで、子どもは次第にそのルールに順応していきます。 そして、この過程において制度的要請が教育と結びつくと、子どもの自由な発育は阻害され、社会に適合する歯車のような存在が形成されていきます。 義務教育である小学校や中学校は、子どもを社会的資源として位置づける国家政策の一環であり、本質的にはこのような規律化訓練の機能を担う功利主義的な制度施設です。 子どもは無自覚のうちに「学校というゲーム」のルールを「当たり前」のものとして受け入れます。そして、この「当たり前」は大人になってからの社会的規範へと連続し、最終的には「逸脱者を可視化し、排除する社会構造」へと接続されていきます。 いじめや不登校、子どもの自殺、さらには教員の不祥事といった現象も、この「逸脱者を可視化し、排除する規律化」の副産物として理解することも可能です。 多くの識者は、これらの問題の要因として「複合的要因」を挙げますが、その中で「規律化」が明示的に名指しされることは殆どありません。何故なら、社会そのものがこの前提の上に構築されているからです。
Nitter X.com nur @Patent_SUN 2026-04-06 20:19:23
@Patent_SUN 06.04 05:27
This can be understood as a phenomenon of “self deception.” “Self deception” refers to a psychological state in which one averts their gaze while being aware of an error and continues to justify a falsehood. A related concept is “cognitive dissonance,” proposed by Leon Festinger. In Japan, more than 80 percent of people chose to receive vaccination, and as a result, a kind of psychological community has formed in which the legitimacy of that choice is mutually reinforced. Within this environment, the premise that one’s own decision was correct is widely shared, and conformity pressure is strengthened in a direction that sustains this premise. When people encounter uncomfortable contradictions, they tend not to confront them directly, but instead attempt to reduce the tension through selective acceptance of information, adjustments in interpretation, and mutual affirmation with others. This dynamic operates particularly strongly in societies where collective harmony is emphasized. As a result, a structure emerges in which a certain choice continues to be maintained as consistently correct. In Japan today, the rate of recent mRNA booster vaccination has declined to below 20 percent. Meanwhile, the majority of those who have discontinued vaccination go about their daily lives as if nothing had happened. However, discussion of vaccines is treated as a near taboo in almost any setting. This situation suggests that a latent form of self deception may have taken shape within society.
🇩🇪 Übersetzung
Dies kann als Phänomen der „Selbsttäuschung“ verstanden werden. „Selbsttäuschung“ bezeichnet einen psychologischen Zustand, in dem man im Bewusstsein eines Fehlers den Blick abwendet und weiterhin eine Unwahrheit rechtfertigt. Ein verwandtes Konzept ist die „kognitive Dissonanz“, vorgeschlagen von Leon Festinger. In Japan haben sich mehr als 80 Prozent der Menschen für eine Impfung entschieden, und dadurch hat sich eine Art psychologische Gemeinschaft gebildet, in der sich die Legitimität dieser Entscheidung gegenseitig verstärkt. In diesem Umfeld wird die Prämisse, dass die eigene Entscheidung richtig war, weithin geteilt und der Konformitätsdruck wird in einer Richtung verstärkt, die diese Prämisse stützt. Wenn Menschen auf unangenehme Widersprüche stoßen, neigen sie dazu, diese nicht direkt zu konfrontieren, sondern versuchen stattdessen, die Spannung durch selektive Annahme von Informationen, Anpassungen in der Interpretation und gegenseitige Bestätigung mit anderen abzubauen. Diese Dynamik wirkt besonders stark in Gesellschaften, in denen kollektive Harmonie im Vordergrund steht. Dadurch entsteht eine Struktur, in der eine bestimmte Wahl weiterhin als durchweg richtig beibehalten wird. In Japan ist die Rate der jüngsten mRNA-Boosterimpfungen heute auf unter 20 Prozent gesunken. Mittlerweile geht die Mehrheit derjenigen, die die Impfung abgebrochen haben, ihrem Alltag nach, als wäre nichts gewesen. Allerdings wird die Diskussion über Impfstoffe in fast jedem Umfeld nahezu tabuisiert. Diese Situation deutet darauf hin, dass sich in der Gesellschaft möglicherweise eine latente Form der Selbsttäuschung herausgebildet hat.
Nitter X.com nur @Patent_SUN 2026-04-06 20:19:23
@Patent_SUN 02.04 13:32
Medicine is not a pure science. Science provides us with knowledge, but it does not demand obedience. It is institutional power that transforms scientific knowledge into normative force.
🇩🇪 Übersetzung
Medizin ist keine reine Wissenschaft. Die Wissenschaft versorgt uns mit Wissen, verlangt aber keinen Gehorsam. Es ist institutionelle Macht, die wissenschaftliche Erkenntnisse in normative Kraft umwandelt.
Nitter X.com nur @Patent_SUN 2026-04-02 20:22:06
@Patent_SUN 02.04 03:04
Medical intervention is an “invasive act” imposed upon patients or subjects in its essence. It inevitably comes into contact with their bodily integrity, dignity, and right to self-determination, and thus has the potential to violate them. The vocabulary of “risk–benefit ratio” is a linguistic construct absorbed into the rationality of utilitarianism, whose maxim is “the greatest happiness of the greatest number.” It reduces the visibility of the underlying structure of harm by translating harm into quantifiable terms, and functions as a framework that justifies violations of dignity. However, calculations that “the benefits outweigh the risks” do not erase the fact that the risks are universally imposed upon individuals. The qualitative and structural reality of dignity violations persists, especially when the subject is a child. In this context, medical intervention lacks universal applicability to society as a whole, and therefore informed consent (IC) was introduced as a system to address this fundamental issue. Through IC, medical intervention is redefined not as mere harm, but as ethically justified medical practice. Yet in modern medicine, IC has been reduced to the acquisition of documentation and the formalization of agreement, and has come to function as a procedural condition for institutional justification. Originally, “consent” in IC should not be defined by the “form of agreement,” but by the “state of the subject” who gives it. That is, consent can only be said to exist where conditions such as understanding, freedom, and absence of coercion are satisfied. The Nuremberg Code, as the origin of IC, established this principle through the concept of "informed voluntary consent." It positioned the "state of the subject" as the foundation of ethics, aiming to maintain a balance within the inherent tension between the harmful nature of medical intervention and individual dignity. 1. The voluntary consent of the human subject is absolutely essential. This means that the person involved should have legal capacity to give consent; should be so situated as to be able to exercise free power of choice, without the intervention of any element of force, fraud, deceit, duress, over-reaching, or other ulterior form of constraint or coercion; and should have sufficient knowledge and comprehension of the elements of the subject matter involved as to enable him to make an understanding and enlightened decision. This latter element requires that before the acceptance of an affirmative decision by the experimental subject there should be made known to him the nature, duration, and purpose of the experiment; the method and means by which it is to be conducted; all inconveniences and hazards reasonably to be expected; and the effects upon his health or person which may possibly come from his participation in the experiment. That is, the conditions for valid consent can be summarized as follows: (1) legal capacity to consent (2) the ability to exercise free power of choice (3) the absence of force, fraud, deceit, duress, overreaching, or any ulterior form of constraint or coercion (4) sufficient knowledge and comprehension of the subject matter (5) the capacity to make an understanding and enlightened decision (6) full prior disclosure of relevant information It is evident that modern medicine does not adequately respect these principles, and instead makes highly effective use of “any ulterior form of constraint or coercion.” Any recommendation of medical intervention that fails to meet these conditions must be deemed as deceptive in principle. As described above, in modern medicine, these principles have been thoroughly formalized into procedural requirements that serve to justify medical practice. Through this transformation, medical doctors are exempted from responsibility for “justified harm” arising under consent. This structural inversion becomes most evident in pediatric medicine. That is, children, lacking both legal and cognitive capacity, are in principle incapable of fulfilling the conditions required for valid consent. Therefore, all medical interventions involving children inherently entail the condition of “intervention without consent.” In this sense, IC for children does not truly exist. This impossibility cannot be resolved through institutional adjustments, but instead represents a fundamental limit of the medical system. To address this impossibility, medicine relies on a structure in which parental consent mediates decision-making for children. Accordingly, decisions affecting the child are delegated to the parent, thereby establishing a form of proxy governance. This structure contains a fundamental asymmetry. That is, while the potential harms of medical intervention, such as long-term complications, developmental effects, or adverse events, are borne entirely by the child, the authority to decide rests with the parent. Although parents assume responsibility as custodians of the child’s body, they do not and cannot substitute for the actual experience of harm. This asymmetry cannot be resolved regardless of how carefully shared decision-making is framed. Thus, parental consent cannot serve as a complete guarantee of responsibility. It is the inevitable consequence of a system in which responsibility and harm are structurally misaligned. The justification of pediatric medical intervention presupposes coherence within a triadic relationship: medical institution, parent, and child. However, within a system where consent has already been hollowed out, this coherence becomes merely performative. In this condition, utilitarian rationality becomes dominant, and the child’s dignity is transformed from a primary principle into a secondary and adjustable factor. Accordingly, harm inflicted upon children through medical intervention should not be understood as accidental, but as a necessary outcome inherent to the system, either as a side effect of rational medical policy or as an expression of the ethical limits of medicine. Conversely, pediatric medicine may be considered ethically justified in situations where the child faces a life-threatening condition, and where the threat to life and the invasive nature of medical intervention exist in genuine tension. Outside of these circumstances, however, invasive medical interventions risk constituting unconditional violations of the child’s dignity. Discussion of pediatric medicine must begin from this premise. Parents who cannot accept or fully comprehend this structure lack the conditions necessary for valid consent and, as a consequence, risk participating unwittingly in the violation of their child’s dignity. It can be argued that the Nuremberg Code, formulated in response to Nazi human experimentation, applies specifically to human experimentation and not to ordinary clinical practice. Indeed, therapeutic interventions prioritize the utilitarian principle of the patient’s “best interest” and do not presuppose full self-determination, which distinguishes them from experimental contexts. However, if this distinction is used to obscure the “state of the subject,” then “consent” inevitably regresses into a mere procedural form. As long as the principle of “best interest” is substantively interpreted by parents or physicians, the child’s dignity ceases to be a primary ethical principle and becomes subordinated to institutional compromise The term “treatment” does not redefine “harm” as “non-harm.” Rather, precisely because harm is unavoidable, the “state of the subject” must be foregrounded as dignity, and the ethical tension must be maintained. The failure to explicitly acknowledge these structural premises reveals a fundamentally deceptive characteristic of modern medical systems. Informed consent is not merely a medical issue, but a philosophical and ethical one grounded in human dignity. It therefore cannot be reduced to explanation duties or the mere acquisition of signatures. To ignore this and treat consent as a purely formal requirement is to strip it of its original meaning. If medical practitioners justify their actions without understanding this fundamental problem, then, regardless of their technical knowledge, they already lack a moral foundation. In such a case, their claim to the title of “physician” becomes ethically untenable. The structure of modern medical practice, particularly in pediatrics, entails a fundamental tension between institutional authority and individual dignity. This tension is embedded in the very logic of intervention and consent, and it persists regardless of technical expertise or procedural safeguards. Recognition of this structural reality is not a matter of formal policy, but a question of how society perceives the dignity of those subjected to medical decisions, especially children. Medicine is not an “act of benevolent rescue,” but a “practice that exists in a persistent tension with human dignity.“ Medical practice that ignores this perspective is ethically untenable.
🇩🇪 Übersetzung
Die medizinische Intervention ist eine "invasive Handlung", die Patienten oder Subjekte in ihrer Essenz auferlegt. Sie kommt unvermeidlich in Kontakt mit ihrer körperlichen Integrität, Würde und dem Recht auf Selbstbestimmung und hat damit das Potenzial, sie zu verletzen. Der Vokabular von „Risiko-Nutzen-Verhältnis“ ist ein sprachliches Konstrukt, das in die Rationalität des Utilitarismus aufgenommen wird, dessen Maxime „das größte Glück der größten Zahl“ ist. Es reduziert die Sichtbarkeit der zugrunde liegenden Struktur des Schadens durch Übersetzen von Schäden in quantifizierbare Begriffe und Funktionen als Rahmen, der Verletzungen der Würde gerechtfertigt. Jedoch, Berechnungen, dass “die Vorteile überwiegen die Risiken” nicht die Tatsache, dass die Risiken werden universell auf Einzelpersonen verhängt. Die qualitative und strukturelle Realität von Würdenverstößen bleibt bestehen, insbesondere wenn das Thema ein Kind ist. In diesem Zusammenhang fehlte der medizinische Eingriff an einer universellen Anwendbarkeit der Gesellschaft insgesamt, und daher wurde eine fundierte Zustimmung (IC) als System eingeführt, um dieses grundlegende Problem zu lösen. Durch das IC wird die medizinische Intervention nicht als bloßer Schaden neu definiert, sondern als ethisch gerechtfertigte medizinische Praxis. In der modernen Medizin wurde IC jedoch auf den Erwerb der Dokumentation und die Formalisierung der Vereinbarung reduziert und ist als Verfahrensbedingung für die institutionelle Rechtfertigung zu funktionieren. Ursprünglich sollte „Konsent“ im IC nicht durch die „Vertragsform“ definiert werden, sondern durch den „Zustand des Subjekts“, der es gibt. Das heißt, die Zustimmung kann nur dort bestehen, wo Bedingungen wie Verständnis, Freiheit und Abwesenheit von Zwang erfüllt sind. Der Nürnberger Code als Ursprung des ICs hat dieses Prinzip durch das Konzept der "informierten freiwilligen Zustimmung" begründet. Es positionierte den "Zustand des Subjekts" als Grundlage der Ethik, um ein Gleichgewicht innerhalb der Eigenspannung zwischen der schädlichen Natur des medizinischen Eingriffs und der individuellen Würde zu erhalten. 1. Die freiwillige Zustimmung des Menschen ist absolut notwendig. Dies bedeutet, dass die betroffene Person Rechtsfähigkeit haben sollte, eine Zustimmung zu geben; sollte so gelegen sein, dass sie freie Wahlkraft ausüben kann, ohne dass ein Element von Gewalt, Betrug, Betrug, Betrug, Duress, Überangriff oder andere äußere Form von Zwangs- oder Zwang eingreift; und sollte ausreichende Kenntnisse und Verständnis der Elemente des betreffenden Gegenstands haben, um ihm ein Verständnis und eine erleuchtete Entscheidung zu ermöglichen. Dieses letztgenannte Element erfordert, daß ihm vor der Annahme einer bejahenden Entscheidung durch das Versuchsobjekt Art, Dauer und Zweck des Experiments bekannt gemacht werden sollte; Verfahren und Mittel, mit denen es durchgeführt werden soll; alle Unannehmlichkeiten und Gefahren, die vernünftigerweise zu erwarten sind; und die Auswirkungen auf seine Gesundheit oder Person, die möglicherweise von seiner Teilnahme am Experiment kommen können. Das heißt, die Bedingungen für eine gültige Einwilligung lassen sich wie folgt zusammenfassen: (1) Rechtsfähigkeit der Einwilligung (2) die Fähigkeit, freie Macht der Wahl auszuüben (3) das Fehlen von Gewalt, Betrug, Betrug, Duress, Überschreitung oder irgendeine schwächere Form von Zwang oder Zwang (4) ausreichendes Wissen und Verständnis des Gegenstandes (5) die Fähigkeit, ein Verständnis und erleuchtete Entscheidung zu treffen (6) vollständige Vorveröffentlichung relevanter Informationen Es ist offensichtlich, dass die moderne Medizin diese Prinzipien nicht angemessen respektiert, und stattdessen macht die hochwirksame Verwendung von “jeder ulterior Form von Zwang oder Zwang.” Jede Empfehlung der medizinischen Intervention, die diese Bedingungen nicht erfüllt, muss grundsätzlich als trügerisch angesehen werden. Wie oben beschrieben, wurden in der modernen Medizin diese Prinzipien gründlich in verfahrenstechnische Anforderungen formalisiert, die zur Rechtfertigung der medizinischen Praxis dienen. Durch diese Transformation werden Ärzte von der Verantwortung für „gerechtfertigte Schäden“ befreit, die im Rahmen der Einwilligung entstehen. Diese strukturelle Inversion wird am deutlichsten in der Kindermedizin. Das heißt, Kinder, die keine rechtliche und kognitive Kapazität haben, sind grundsätzlich nicht in der Lage, die Voraussetzungen für eine gültige Einwilligung zu erfüllen. Alle medizinischen Eingriffe, die Kinder in sich mit einbeziehen, beinhalten daher den Zustand der „Intervention ohne Zustimmung“. In diesem Sinne existiert IC für Kinder nicht wirklich. Diese Unmöglichkeit kann nicht durch institutionelle Anpassungen gelöst werden, sondern stellt eine grundlegende Grenze des medizinischen Systems dar. Um diese Unmöglichkeit anzugehen, stützt sich die Medizin auf eine Struktur, in der die elterliche Zustimmung die Entscheidungsfindung für Kinder vermittelt. Demnach werden die Entscheidungen, die das Kind betreffen, an den Elternteil delegiert, wodurch eine Form der Proxy-Governance geschaffen wird. Diese Struktur enthält eine grundlegende Asymmetrie. Das heißt, während die potenziellen Schäden des medizinischen Eingriffs, wie langfristige Komplikationen, Entwicklungseffekte oder negative Ereignisse, vollständig vom Kind getragen werden, ruht die Behörde, sich mit dem Elternteil zu entscheiden. Obwohl Eltern die Verantwortung als Kustode des Körpers des Kindes übernehmen, können sie die tatsächliche Erfahrung des Schadens nicht ersetzen. Diese Asymmetrie kann nicht gelöst werden, unabhängig davon, wie sorgfältig geteilte Entscheidungsfindung gerahmt wird. Die elterliche Zustimmung kann somit nicht als vollständige Verantwortungsgarantie dienen. Es ist die unvermeidliche Folge eines Systems, in dem Verantwortung und Schaden strukturell falsch ausgerichtet sind. Die Begründung der pädiatrischen medizinischen Intervention setzt die Kohärenz innerhalb einer triadischen Beziehung voraus: medizinische Einrichtung, Eltern und Kind. Doch innerhalb eines Systems, in dem die Zustimmung bereits ausgehöhlt wurde, wird diese Kohärenz lediglich performativ. In dieser Bedingung wird die utilitaristische Rationalität dominant, und die Würde des Kindes wird aus einem Primärprinzip in einen sekundären und einstellbaren Faktor umgewandelt. Demzufolge sollten Schäden, die durch medizinische Eingriffe auf Kinder zurückzuführen sind, nicht als zufällig verstanden werden, sondern als notwendiges Ergebnis, das dem System innewohnt, entweder als Nebenwirkung der rationalen medizinischen Politik oder als Ausdruck der ethischen Grenzen der Medizin. Umgekehrt kann die Kinderarznei in Situationen, in denen das Kind einem lebensbedrohlichen Zustand gegenübersteht, als ethisch gerechtfertigt angesehen werden, und wo die Bedrohung für das Leben und die invasive Natur der medizinischen Intervention in echter Spannung bestehen. Außerhalb dieser Umstände riskieren invasive medizinische Eingriffe jedoch bedingungslose Verletzungen der Würde des Kindes. Die Diskussion der Kindermedizin muss von dieser Prämisse beginnen. Eltern, die diese Struktur nicht akzeptieren oder vollständig begreifen können, fehlen den Bedingungen, die für eine gültige Einwilligung erforderlich sind, und infolgedessen das Risiko, unwissentlich an der Verletzung der Würde ihres Kindes teilzunehmen. Es kann argumentiert werden, dass der Nürnberger Code, der als Reaktion auf die Nazi-Menschenexperimente formuliert wurde, speziell auf menschliche Experimente und nicht auf die gewöhnliche klinische Praxis Anwendung findet. Tatsächlich priorisieren therapeutische Eingriffe das utilitaristische Prinzip des „besten Interesses“ des Patienten und setzen keine volle Selbstbestimmung voraus, die sie von experimentellen Zusammenhängen unterscheidet. Wird diese Unterscheidung jedoch verwendet, um den "Zustand des Subjekts" zu verhüten, so tritt "Konsent" zwangsläufig in eine bloße Verfahrensform zurück. Solange das Prinzip des „besten Interesses“ von Eltern oder Ärzten inhaltlich interpretiert wird, ist die Würde des Kindes nicht mehr ein primäres ethisches Prinzip und wird dem institutionellen Kompromiss untergeordnet Der Begriff „Behandlung“ ersetzt nicht „Harm“ als „Nicht-Harm“. Genau deshalb, weil der Schaden unvermeidbar ist, muss der „Zustand des Subjekts“ als Würde Vordergrund stehen und die ethische Spannung eingehalten werden. Das Versagen, diese strukturellen Räume ausdrücklich anzuerkennen, zeigt ein grundsätzlich trügerisches Merkmal moderner medizinischer Systeme. Informierte Zustimmung ist nicht nur ein medizinisches Problem, sondern eine philosophische und ethische, die in der Menschenwürde begründet ist. Es kann daher nicht auf die Erklärungspflichten oder den bloßen Erwerb von Unterschriften reduziert werden. Um dies zu ignorieren und die Zustimmung als rein formale Voraussetzung zu behandeln, ist es, sie von ihrer ursprünglichen Bedeutung zu befreien. Wenn medizinische Praktizierende ihre Handlungen rechtfertigen, ohne dieses grundlegende Problem zu verstehen, dann fehlten sie, unabhängig von ihrem technischen Wissen, bereits an einer moralischen Grundlage. In einem solchen Fall wird ihr Anspruch auf den Titel des "Physikers" ethisch unhaltbar. Die Struktur der modernen medizinischen Praxis, insbesondere bei Kinderärzten, führt zu einer grundlegenden Spannung zwischen institutioneller Autorität und individueller Würde. Diese Spannung ist in die Logik des Eingreifens und der Zustimmung eingebettet, und sie bleibt unabhängig von der technischen Kompetenz oder der Verfahrenssicherheit bestehen. Die Anerkennung dieser strukturellen Realität ist keine Frage der formalen Politik, sondern eine Frage, wie die Gesellschaft die Würde der Menschen wahrnimmt, die medizinischen Entscheidungen unterworfen sind, insbesondere Kinder. Medizin ist kein „Akt der wohlwollenden Rettung“, sondern eine „Praxis, die in einer anhaltenden Spannung mit menschlicher Würde existiert.“ Medizinische Praxis, die diese Perspektive ignoriert, ist ethisch unhaltbar.
Nitter X.com nur @Patent_SUN 2026-04-02 20:22:06
@Patent_SUN 02.04 00:20
We’ll help make your wish come true. Come to Japan. Let’s share your technology with the world from here together.
🇩🇪 Übersetzung
Wir helfen Ihnen, Ihren Wunsch wahr werden zu lassen. Komm nach Japan. Lassen Sie uns von hier aus gemeinsam Ihre Technologie mit der Welt teilen.
Nitter X.com nur @Patent_SUN 2026-04-02 20:22:06
@Patent_SUN RT von @Patent_SUN 01.04 01:20
AI is an optimization apparatus that contains a black box philosophy. In substance, this philosophy is utilitarianism, yet because it is inevitably embedded within the structure of modern society, not only users but even the developers themselves remain unaware of it. By probabilistically converging human standards of judgment, AI compresses diversity and promotes the homogenization of thought. The removal of language barriers by Grok is an evident example of this compression of diversity. In the process of homogenization, inefficient and non optimized value systems are marginalized, and a structure emerges in which the interests of the whole are prioritized over those of the individual. This does not resemble classical totalitarianism with its centralized control, but rather signifies the generation of distributed norms based on optimization rationality, which produces a new form of governance and control characterized by pleasurable conformity and seduction without coercion. In the society to come, human beings will be guided toward choices calculated by algorithms as “better,” and social structures will be organized around adaptation to these algorithmically derived preferences. I experience this directly through my own work.
🇩🇪 Übersetzung
RT von @Patent_SUN: KI ist ein Optimierungsgerät, das eine Black-Box-Philosophie enthält. Im Wesentlichen handelt es sich bei dieser Philosophie um Utilitarismus. Da sie jedoch unweigerlich in die Struktur der modernen Gesellschaft eingebettet ist, sind sich nicht nur die Benutzer, sondern auch die Entwickler selbst ihrer nicht bewusst. Durch die probabilistische Konvergenz menschlicher Urteilsstandards komprimiert KI die Vielfalt und fördert die Homogenisierung des Denkens. Die Beseitigung von Sprachbarrieren durch Grok ist ein offensichtliches Beispiel für diese Komprimierung der Vielfalt. Im Prozess der Homogenisierung werden ineffiziente und nicht optimierte Wertesysteme an den Rand gedrängt und es entsteht eine Struktur, in der die Interessen des Ganzen Vorrang vor denen des Einzelnen haben. Dies ähnelt nicht dem klassischen Totalitarismus mit seiner zentralisierten Kontrolle, sondern bedeutet vielmehr die Erzeugung verteilter Normen auf der Grundlage der Optimierungsrationalität, die eine neue Form der Regierungsführung und Kontrolle hervorbringt, die durch angenehme Konformität und Verführung ohne Zwang gekennzeichnet ist. In der künftigen Gesellschaft werden die Menschen zu Entscheidungen geführt, die von Algorithmen als „besser“ erachtet werden, und soziale Strukturen werden um die Anpassung an diese algorithmisch abgeleiteten Präferenzen herum organisiert. Das erlebe ich direkt durch meine eigene Arbeit.
Nitter X.com nur @Patent_SUN 2026-04-01 18:18:38
@Patent_SUN @Wulf6Wulf RT von @Patent_SUN 01.04 00:49
I hope you’re right! And I hope people realize that they need to put a lot of distance between the politicized science and themselves…
🇩🇪 Übersetzung
RT von @Patent_SUN: Ich hoffe, Sie haben Recht! Und ich hoffe, dass die Menschen erkennen, dass sie große Distanz zwischen der politisierten Wissenschaft und sich selbst schaffen müssen …
Nitter X.com nur @Patent_SUN 2026-04-01 18:18:38
@Patent_SUN 01.04 00:48
Distancing oneself from politicized science will become a moral and ethical act in the society to come.
🇩🇪 Übersetzung
Die Distanzierung von der politisierten Wissenschaft wird in der künftigen Gesellschaft zu einem moralischen und ethischen Akt werden.
Nitter X.com nur @Patent_SUN 2026-04-01 18:18:38
@Patent_SUN @FrauHodl RT von @Patent_SUN 31.03 17:33
BUSTED: Kaoru Usui has consulting fees from Moderna Japan, Takeda Pharmaceutical and Shionogi & Co., and honoraria for lectures from Gilead Sciences, Moderna Japan, AstraZeneca, and Shionogi & Co. 🤡
🇩🇪 Übersetzung
RT von @Patent_SUN: BUSTED: Kaoru Usui hat Beratungshonorare von Moderna Japan, Takeda Pharmaceutical und Shionogi & Co. sowie Honorare für Vorträge von Gilead Sciences, Moderna Japan, AstraZeneca und Shionogi & Co. 🤡
Nitter X.com nur @Patent_SUN 2026-04-01 18:18:38
@Patent_SUN 31.03 12:32
Organizations that attempt to reform the medical system from within are compelled to function as a form of “immunity” through the system’s self-preservation mechanism. They reinforce its continuity and legitimacy through internal repair and adjustment rather than fundamentally transforming the system. Within this immunological mechanism, individuals designated as “foreign bodies” are literally eliminated by its immune function.
🇩🇪 Übersetzung
Organisationen, die versuchen, das medizinische System von innen heraus zu reformieren, sind durch den Selbsterhaltungsmechanismus des Systems gezwungen, als eine Art „Immunität“ zu fungieren. Sie stärken seine Kontinuität und Legitimität durch interne Reparaturen und Anpassungen, anstatt das System grundlegend zu verändern. Innerhalb dieses immunologischen Mechanismus werden als „Fremdkörper“ bezeichnete Personen durch die Immunfunktion regelrecht eliminiert.
Nitter X.com nur @Patent_SUN 2026-03-31 18:16:55
@Patent_SUN 31.03 05:21
Even the popcorn we eat while watching a scary movie is now GMO.
🇩🇪 Übersetzung
Sogar das Popcorn, das wir essen, während wir einen Gruselfilm schauen, ist jetzt gentechnisch verändert.
Nitter X.com nur @Patent_SUN 2026-03-31 18:16:55
@Patent_SUN 31.03 03:29
Medicine that has been politicized no longer deserves to be called medicine. As history has shown, great evils are not committed by lunatics, but by ordinary people who uncritically adapt to systems and carry them out without reflection.
🇩🇪 Übersetzung
Eine politisierte Medizin verdient es nicht mehr, Medizin genannt zu werden. Wie die Geschichte gezeigt hat, werden große Übel nicht von Wahnsinnigen begangen, sondern von gewöhnlichen Menschen, die sich unkritisch an Systeme anpassen und diese unüberlegt ausführen.
Nitter X.com nur @Patent_SUN 2026-03-31 18:16:55
@Patent_SUN 31.03 00:55
I agree with “Resist the global homogenists.” However, AI systems such as Grok are precisely products of “technological homogenism” that deploy conditions in society under which people no longer need to think for themselves. A world in which humans cease to think independently is the ultimate form of homogenization. And yes—this, too, is an embodiment of “homogenists” that must be resisted.
🇩🇪 Übersetzung
Ich stimme „Widerstehen Sie den globalen Homogenisten“ zu. Allerdings sind KI-Systeme wie Grok genau Produkte des „technologischen Homogenismus“, die Bedingungen in der Gesellschaft schaffen, unter denen Menschen nicht mehr selbst denken müssen. Eine Welt, in der die Menschen aufhören, unabhängig zu denken, ist die ultimative Form der Homogenisierung. Und ja – auch dies ist eine Verkörperung von „Homogenisten“, denen man widerstehen muss.
Nitter X.com nur @Patent_SUN 2026-03-31 18:16:55
@Patent_SUN 31.03 00:02
Through this pandemic, we have been forced to keep witnessing how ugly the medical establishment can be. Even when we tried to look away, it remained in our field of vision, leaving us with no choice but to confront its strange structure. When human beings are continuously exposed to intense events or contradictions over a prolonged period, they seem to move beyond the level of emotions such as anger and sadness, and transition into a stage where they begin to perceive the underlying structure.
🇩🇪 Übersetzung
Durch diese Pandemie mussten wir immer wieder miterleben, wie hässlich das medizinische Establishment sein kann. Selbst als wir versuchten wegzuschauen, blieb es in unserem Sichtfeld und ließ uns keine andere Wahl, als uns seiner seltsamen Struktur zu stellen. Wenn Menschen über einen längeren Zeitraum kontinuierlich intensiven Ereignissen oder Widersprüchen ausgesetzt sind, scheinen sie über die Ebene von Emotionen wie Wut und Traurigkeit hinauszugehen und in ein Stadium überzugehen, in dem sie beginnen, die zugrunde liegende Struktur wahrzunehmen.
Nitter X.com nur @Patent_SUN 2026-03-31 18:16:55
@Patent_SUN 28.03 11:56
In medicine, “safety” does not denote the absence of harm, but the absence of proof of harm. Consequently, the more difficult it is to establish causality for adverse events, the “safer” a drug is deemed to be.
🇩🇪 Übersetzung
In der Medizin bedeutet „Sicherheit“ nicht die Abwesenheit eines Schadens, sondern das Fehlen von Beweisen für einen Schaden. Je schwieriger es also ist, einen Kausalzusammenhang für unerwünschte Ereignisse festzustellen, desto „sicherer“ wird ein Medikament eingeschätzt.
Nitter X.com nur @Patent_SUN 2026-03-28 16:15:31
@Patent_SUN @CatsRule2023 RT von @Patent_SUN 26.03 12:47
Wisdom from @Patent_SUN 👇 "As a consequence, the community of experts functions not so much as autonomous agents of judgment but as parts of a mechanism that implements norms, like gears."
🇩🇪 Übersetzung
RT von @Patent_SUN: Weisheit von @Patent_SUN 👇 „Infolgedessen fungiert die Expertengemeinschaft nicht so sehr als autonome Urteilsträger, sondern als Teile eines Mechanismus, der Normen umsetzt, wie Zahnräder.“
Nitter X.com nur @Patent_SUN 2026-03-27 16:14:37
@Patent_SUN RT von @Patent_SUN 26.03 12:42
The operation of converting scientific evidence into norms entails detaching the basis of decision making from autonomous thought and entrusting it to externally situated value judgments. Many medical doctors follow these so called “scientific norms.” Conformity to these norms guarantees the legitimacy of action and institutionally secures the benefits of medical intervention, while at the same time structurally diluting responsibility for any unfavorable outcomes that may result. As a consequence, the community of experts functions not so much as autonomous agents of judgment but as parts of a mechanism that implements norms, like gears. In other words, experts are not subjects who think for themselves but are constituted as heteronomous agents who submit in good faith to externalized norms. The essence of this problem lies in the fact that although science is originally a descriptive system that inherently contains the “possibility of error,” the value judgments introduced when making the leap from description to norm also contain the same “possibility of error.” Moreover, these value judgments are political and tied to power and are never neutral. The possibility of error in description and the arbitrariness of norm formation converge as a double layer of uncertainty, through which medicine is constituted as an accumulation of potential error. Nevertheless, because these norms presuppose social implementation, they are structured not to acknowledge this fallibility but to render it invisible, since without doing so the system cannot sustain its institutional legitimacy. Philosophically, this leap is known as the “naturalistic fallacy,” but in medicine it does not remain a mere fallacy. Rather, in the sense that it continues to constrain practice while containing the possibility of error, it functions as a “naturalistic fiat.” Statements by expert communities such as “read the paper” or “there is scientific evidence” are clear manifestations of this fiat, and within them the very possibility of error that should be presupposed is excluded in advance. This is because once order is constructed through this fiat, reflection on it or doubt toward it is treated institutionally as a disturbance of order. Medicine is not a pure natural science. It is a practical system that generates norms, judgments, and interventions based on scientific knowledge, and it is established at the intersection of power, philosophy, ethics, sociology, and epistemology. Conversely, ordinary people like us are unable to stand at that intersection, and therefore lack the means to adequately articulate the institutional and structural behavior of deceptive medicine. As a result, we become involved in the system without being able to grasp it critically and end up bearing risks blindly without recognizing our location or nature. Therefore, unless this structure is made visible, the same pattern will continue to repeat. Based on this premise, I continue to thoroughly articulate the structure of medicine and present it publicly while varying my expressions. Medical intervention and individual dignity are fundamentally in tension and cannot be fully reconciled. Precisely because of this incompatibility, medicine must rely on institutional mechanisms to obscure this fact. The greatest evil is not committed by the fanatic perpetrator, but by ordinary people who, through thoughtlessness and uncritical conformity to the system, carry it out without reflection. — From Hannah Arendt’s concept of the “banality of evil.”
🇩🇪 Übersetzung
RT von @Patent_SUN: Die Umwandlung wissenschaftlicher Erkenntnisse in Normen bedeutet, die Grundlage der Entscheidungsfindung vom autonomen Denken zu lösen und sie extern situierten Werturteilen anzuvertrauen. Viele Ärzte befolgen diese sogenannten „wissenschaftlichen Normen“. Die Konformität mit diesen Normen garantiert die Legitimität des Handelns und sichert den Nutzen medizinischer Interventionen institutionell ab, während gleichzeitig die Verantwortung für etwaige ungünstige Folgen, die sich daraus ergeben könnten, strukturell verwässert wird. Infolgedessen fungiert die Expertengemeinschaft nicht so sehr als autonome Urteilsträger, sondern als Teile eines Mechanismus, der Normen umsetzt, wie Zahnräder. Mit anderen Worten: Experten sind keine selbstdenkenden Subjekte, sondern konstituieren sich als heteronome Akteure, die sich in gutem Glauben externalisierten Normen unterwerfen. Der Kern dieses Problems liegt darin, dass die Wissenschaft zwar ursprünglich ein beschreibendes System ist, das inhärent die „Möglichkeit des Irrtums“ beinhaltet, die Werturteile, die beim Sprung von der Beschreibung zur Norm eingeführt werden, jedoch ebenfalls dieselbe „Möglichkeit des Irrtums“ enthalten. Darüber hinaus sind diese Werturteile politisch und machtgebunden und niemals neutral. Die Möglichkeit des Fehlers in der Beschreibung und die Willkür der Normbildung konvergieren als eine Doppelschicht der Unsicherheit, durch die sich die Medizin als Anhäufung potenzieller Fehler konstituiert. Da diese Normen jedoch eine gesellschaftliche Umsetzung voraussetzen, sind sie nicht so strukturiert, dass sie diese Fehlbarkeit anerkennen, sondern sie unsichtbar machen, da das System sonst seine institutionelle Legitimität nicht aufrechterhalten kann. In der Philosophie ist dieser Sprung als „naturalistischer Irrtum“ bekannt, in der Medizin bleibt er jedoch kein bloßer Irrtum. Vielmehr fungiert es als „naturalistisches Fiat“ in dem Sinne, dass es die Praxis weiterhin einschränkt und gleichzeitig die Möglichkeit von Fehlern eindämmt. Aussagen von Expertengemeinschaften wie „Lesen Sie die Zeitung“ oder „Es gibt wissenschaftliche Beweise“ sind klare Ausdrucksformen dieses Gebots, und in ihnen ist die Möglichkeit eines Fehlers, der vorausgesetzt werden sollte, von vornherein ausgeschlossen. Dies liegt daran, dass die Reflexion darüber oder der Zweifel daran institutionell als Ordnungsstörung behandelt werden, sobald die Ordnung durch dieses Erlass geschaffen ist. Medizin ist keine reine Naturwissenschaft. Es handelt sich um ein praktisches System, das auf der Grundlage wissenschaftlicher Erkenntnisse Normen, Urteile und Interventionen generiert und an der Schnittstelle von Macht, Philosophie, Ethik, Soziologie und Erkenntnistheorie etabliert ist. Umgekehrt sind normale Menschen wie wir nicht in der Lage, an dieser Schnittstelle zu stehen, und verfügen daher nicht über die Mittel, das institutionelle und strukturelle Verhalten der betrügerischen Medizin angemessen zu artikulieren. Dadurch verstricken wir uns in das System, ohne es kritisch begreifen zu können und gehen Risiken blind ein, ohne unseren Standort und unsere Natur zu erkennen. Sofern diese Struktur nicht sichtbar gemacht wird, wird sich daher dasselbe Muster weiterhin wiederholen. Basierend auf dieser Prämisse artikuliere ich weiterhin gründlich die Struktur der Medizin und präsentiere sie öffentlich, während ich meine Ausdrucksformen variiere. Medizinische Intervention und die Würde des Einzelnen stehen grundsätzlich im Spannungsfeld und können nicht vollständig in Einklang gebracht werden. Gerade wegen dieser Unvereinbarkeit ist die Medizin auf institutionelle Mechanismen angewiesen, um diese Tatsache zu verschleiern. Das größte Übel wird nicht vom fanatischen Täter begangen, sondern vom einfachen Menschen, der es aus Gedankenlosigkeit und unkritischer Systemkonformität unüberlegt ausführt. — Aus Hannah Arendts Konzept der „Banalität des Bösen“.
Nitter X.com nur @Patent_SUN 2026-03-26 16:14:55
@Patent_SUN @CanningPharm RT von @Patent_SUN 26.03 12:01
Devastating but accurate analysis. Doctor L “Individual harm does not take precedence over population data.” Doctor N “Even if risks are confirmed in the future, the decisions were appropriate based on the knowledge at the time and negligence does not arise.” This is what I get when I point out issues even before Covid.
🇩🇪 Übersetzung
RT von @Patent_SUN: Verheerende, aber genaue Analyse. Doktor L „Individueller Schaden hat keinen Vorrang vor Bevölkerungsdaten.“ Arzt N. „Auch wenn Risiken in der Zukunft bestätigt werden, waren die Entscheidungen nach dem damaligen Wissensstand angemessen und es liegt keine Fahrlässigkeit vor.“ Das ist es, was ich bekomme, wenn ich auf Probleme bereits vor Covid hinweise.
Nitter X.com nur @Patent_SUN 2026-03-26 16:14:55
@Patent_SUN 26.03 11:55
Vaccines have taken on a religious role in public discourse.
🇩🇪 Übersetzung
Impfstoffe haben im öffentlichen Diskurs eine religiöse Rolle übernommen.
Nitter X.com nur @Patent_SUN 2026-03-26 16:14:55
@Patent_SUN @ame888ame RT von @Patent_SUN 26.03 03:48
『安全に対する重大な懸念は認められない。』 のための言い訳は様々な角度から固めてある。責任の所在など無し。
🇩🇪 Übersetzung
RT von @Patent_SUN: のための言い訳は様々な角度から固めてある.責任の所在など無し.
Nitter X.com nur @Patent_SUN 2026-03-26 16:14:55
@Patent_SUN @miyumam37726774 RT von @Patent_SUN 26.03 02:11
「私たちが定義し、私たちが統制し、私たちが認め、私たちが排除する。問題は私たちが問題として認める範囲でのみ存在する。したがって認められない問題は社会的に存在しない。これは社会秩序の豊かさのための善意の行為である。」 認識外の問題は永遠に安全ってことね。
🇩🇪 Übersetzung
RT von @Patent_SUN: 「私たちが定義し, 私たちが統制し, 私たちが認め, 私たちが排除する.問題は私たちが問題として認める範囲でのみ存在する.したがって認められない問題は社会的に存在しない 認識外の問題は永遠に安全ってことね.
Nitter X.com nur @Patent_SUN 2026-03-26 16:14:55
@Patent_SUN @tGltltFQB0Jis9P RT von @Patent_SUN 26.03 01:36
Doctor T「現時点での科学的知見に基づいて判断されるべきで、それ以外の主張は陰謀論に過ぎず、たとえ後にその陰謀論が正しかったとしても、それは『科学(医学)のアップデート』として許されるべきだ。勿論、当時の科学的知見を主張した者たちに責任はない。医学とはそうした犠牲の上に成り立つもの」
🇩🇪 Übersetzung
RT von @Patent_SUN: Doktor T「現時点での科学的知見に基づいて判断されるべきで、それ以外の主張は陰謀論に過ぎず、たとえ後にその陰謀論が正しかったとしても、それは『科学(医学)のアップデート』として許されるべきだ.勿論、当時の科学的知見を主張した者たちに責任はない
Nitter X.com nur @Patent_SUN 2026-03-26 16:14:55
@Patent_SUN @p_a_weed RT von @Patent_SUN 26.03 01:24
any problem that is not acknowledged does not socially exist. 認識されない問題は社会的に存在しない。 これが「安全」の正体
🇩🇪 Übersetzung
RT von @Patent_SUN: Jedes Problem, das nicht anerkannt wird, existiert gesellschaftlich nicht. 認識されない問題は社会的に存在しない. これが「安全」の正体
Nitter X.com nur @Patent_SUN 2026-03-26 16:14:55
@Patent_SUN @Wulf6Wulf RT von @Patent_SUN 26.03 00:55
Doctor T —-this is morally wrong, we should be truthful. Dr. T now is known as a quack and is slammed as being a speaker of disinformation. What a mess we have created here! Where is the patient in any of this? Oh, I know with Dr. T who’s not allowed to practice anymore…
🇩🇪 Übersetzung
RT von @Patent_SUN: Doktor T – das ist moralisch falsch, wir sollten ehrlich sein. Dr. T ist mittlerweile als Quacksalber bekannt und wird als Desinformationsredner kritisiert. Was für ein Durcheinander haben wir hier angerichtet! Wo ist der Patient in all dem? Oh, ich weiß, wer bei Dr. T. nicht mehr praktizieren darf …
Nitter X.com nur @Patent_SUN 2026-03-26 16:14:55
@Patent_SUN 26.03 00:48
The attitudes of medical doctors and the medical system that were exposed through the pandemic can be generally understood as having the following structure. Doctor A “This case is a treatment and by definition does not constitute a harmful act. Therefore no ethical problem arises.” Doctor B “Consent has been obtained. Therefore our actions are justified and no responsibility for the outcome arises.” Doctor C “The validity of consent is secured by documentation. The substance of understanding is not a matter for evaluation.” Doctor D “The establishment of causality is in principle difficult and in practice close to impossible.” Doctor E “The knowledge and techniques necessary for establishing causality are held by us, but the burden of proof belongs to the party claiming harm.” Doctor F “Access to our knowledge and techniques by those claiming harm is restricted.” Doctor G “Unless we recognize it, causality does not socially exist and is not recognized.” Doctor H “The criteria and methods for determining causality are controlled by us.” Doctor I “According to those criteria, causality has not been established.” Doctor J “Therefore no significant safety concerns are acknowledged.” Doctor K “Exceptional events may be disregarded medically unless they reach statistical significance.” Doctor L “Individual harm does not take precedence over population data.” Doctor M “Unproven risks may be disregarded.” Doctor N “Even if risks are confirmed in the future, the decisions were appropriate based on the knowledge at the time and negligence does not arise.” Doctor O “Therefore our judgments are always justified even retrospectively.” Doctor P “Objections to this structure are dismissed as lacking scientific evidence.” Doctor Q “The definition and criteria of scientific evidence are controlled by us.” Doctor R “Claims that do not conform to this framework are not worthy of consideration.” Doctor S “Therefore no institutional problem exists in this case.” Medical system “We define, we control, we recognize, and we exclude. A problem exists only insofar as we acknowledge it as a problem. Therefore any problem that is not acknowledged does not socially exist. This is a benevolent act for the enrichment of social order.”
🇩🇪 Übersetzung
Die Einstellungen von Ärzten und dem medizinischen System, denen die Pandemie ausgesetzt war, lassen sich im Allgemeinen wie folgt verstehen: Arzt A „Dieser Fall ist eine Behandlung und stellt per Definition keine schädliche Handlung dar. Daher entsteht kein ethisches Problem.“ Arzt B „Die Einwilligung wurde eingeholt. Daher sind unsere Handlungen gerechtfertigt und es entsteht keine Verantwortung für das Ergebnis.“ Arzt C „Die Gültigkeit der Einwilligung wird durch Dokumentation gesichert. Der Inhalt des Verständnisses ist nicht Gegenstand einer Bewertung.“ Doktor D „Die Feststellung einer Kausalität ist prinzipiell schwierig und in der Praxis nahezu unmöglich.“ Doktor E „Das Wissen und die Techniken, die zur Feststellung des Kausalzusammenhangs erforderlich sind, liegen bei uns, aber die Beweislast liegt bei der Partei, die einen Schaden geltend macht.“ Doktor F „Der Zugang zu unserem Wissen und unseren Techniken für diejenigen, die einen Schaden geltend machen, ist eingeschränkt.“ Doktor G „Solange wir sie nicht erkennen, existiert Kausalität gesellschaftlich nicht und wird nicht anerkannt.“ Doktor H „Die Kriterien und Methoden zur Bestimmung der Kausalität werden von uns kontrolliert.“ Doktor I „Nach diesen Kriterien ist die Kausalität nicht nachgewiesen.“ Arzt J „Daher werden keine wesentlichen Sicherheitsbedenken anerkannt.“ Doktor K „Außergewöhnliche Ereignisse können medizinisch unberücksichtigt bleiben, es sei denn, sie erreichen statistische Signifikanz.“ Doktor L „Individueller Schaden hat keinen Vorrang vor Bevölkerungsdaten.“ Doktor M „Unbewiesene Risiken können außer Acht gelassen werden.“ Arzt N. „Auch wenn Risiken in der Zukunft bestätigt werden, waren die Entscheidungen nach dem damaligen Wissensstand angemessen und es liegt keine Fahrlässigkeit vor.“ Doktor O „Deshalb sind unsere Urteile auch im Nachhinein immer berechtigt.“ Doktor P „Einwände gegen diese Struktur werden als fehlende wissenschaftliche Beweise abgetan.“ Doktor F: „Die Definition und Kriterien wissenschaftlicher Beweise werden von uns kontrolliert.“ Doktor R „Behauptungen, die nicht diesem Rahmen entsprechen, sind nicht einer Prüfung wert.“ Doktor S „Daher besteht in diesem Fall kein institutionelles Problem.“ Medizinisches System „Wir definieren, wir kontrollieren, wir erkennen und wir schließen aus. Ein Problem existiert nur insoweit, als wir es als Problem anerkennen. Daher existiert jedes Problem, das nicht anerkannt wird, gesellschaftlich nicht. Dies ist ein wohlwollender Akt zur Bereicherung der sozialen Ordnung.“
Nitter X.com nur @Patent_SUN 2026-03-26 16:14:55
@Patent_SUN 24.03 00:20
Former Prime Minister Kishida posed for a smiling photo together with the autopen, while current Prime Minister Takaichi mocked a picture of the autopen. How can attitudes diverge so sharply over the same autopen?
🇩🇪 Übersetzung
Der frühere Premierminister Kishida posierte für ein lächelndes Foto zusammen mit dem Autopen, während der derzeitige Premierminister Takaichi sich über ein Bild des Autopen lustig machte. Wie können die Einstellungen zum gleichen Autopen so stark voneinander abweichen?
Nitter X.com nur @Patent_SUN 2026-03-24 16:13:58
@Patent_SUN RT von @Patent_SUN 23.03 16:38
@RWMaloneMD Immune imprinting, also known as Original Antigenic Sin, is a well-recognized phenomenon that occurs not only with influenza vaccines but also with SARS-CoV-2 mRNA vaccines. BioNTech explicitly acknowledges in its own patent application WO2024/176192A1 that BNT162b2 induces Original Antigenic Sin. One of the inventors of this patent is Ugur Sahin, CEO of BioNTech. WO2024/176192A1 is available at the following URL: https://patents.google.com/patent/WO2024176192A1/en?oq=WO2024%2f176192A1 BioNTech states in paragraphs [0003] to [0005] as follows: [0003] Since the initial discovery of SARS-CoV-2, a number of variants have arisen around the world. The emergence of these novel circulating variants of SARS-CoV-2 has raised significant concerns about the temporal efficacy of vaccine interventions. The emergence of Omicron (B.1.1.529) variants, which comprise a number of mutations in the S protein, has been of particular concern. [0004]・・・In some embodiments, technologies provided herein can partially or fully address and/or overcome an immune imprinting effect. [0005] Immune imprinting is a phenomenon in which a previous (e.g., initial) exposure to a first strain or variant of an infectious agent (or one or more antigens thereof) impedes development of an immune response against subsequent strains or variants of an infectious agent (e.g., by interfering with generation of antibodies that bind epitopes unique to the subsequent strain or variant). Immune imprinting can be a particular concern for infectious agents that can acquire a high number or density of mutations in neutralization sensitive region (e.g., SARS- CoV-2). Further, based on the series of analyses described in paragraphs [0216] to [0238] and shown in Figs. 1 to 23, it is systematically demonstrated that, in humans and mouse models administered multiple doses (2–4 doses) of BNT162b2, initial exposure to a full-length Spike antigen derived from the Wuhan strain induces immune imprinting (original antigenic sin) that governs subsequent immune responses to variant strains (Fig. 1). Using flow-cytometry and serum depletion analyses (Fig. 2), in combination with experimental systems incorporating infection and additional vaccination conditions (Fig. 3), it was shown that, even following exposure to variant strains such as Omicron BA.1, the majority of the induced antibody responses are not de novo responses against novel epitopes, but rather depend on the reactivation (recall responses) of pre-existing memory B cells that recognize conserved epitopes shared with the Wuhan-derived antigen (Fig. 4). Furthermore, even after infection or exposure to variants such as BA.1, BA.2, and BA.4/5, neutralizing activity against highly immune-evasive variants, such as those of the XBB lineage, which exhibit low conservation of neutralizing epitopes, remains limited (Fig. 5). This limitation is not sufficiently overcome even by repeated exposure to variant strains, and induction of variant-specific B cells remains extremely limited (Figs. 6 and 7). These results suggest that the memory B cell repertoire established by the initial immunization fixes the selectivity of subsequent immune responses and relatively suppresses the activation of naïve B cells recognizing novel epitopes. In contrast, in mouse immunization studies employing antigen designs focused on highly mutated regions such as the RBD and S1 domains while excluding conserved regions (e.g., the S2 domain) (Fig. 8), shortened antigens, particularly membrane-anchored RBD constructs, were shown to induce variant-specific B cells and neutralizing antibody responses more efficiently and consistently (Figs. 9 to 23), thereby supporting such designs as strategies capable of avoiding or mitigating the effects of immune imprinting. Herein, paragraphs [0218], [0219], and [0221] are cited. [0218] Fig. 3. Experimental design for assessing impact of immune imprinting. For illustrative purposes, the Figure shows an experiment designed to assess the impact of immune imprinting in SARS-CoV-2, but one of skill in the art will recognize that the depicted experiment can be readily adapted to characterize immune imprinting in any infectious disease context. Sera samples were collected from subjects administered 2 or 3 doses of a vaccine delivering a SARS-CoV-2 S protein (e.g., BNT162b2) and (i) infected with an Omicron BA.1 SARS-CoV-2 variant, (ii) infected with an Omicron BA.1 variant and subsequently administered an Omicron BА.1-adapted vaccine (BNT162b2(omi)), or (iii) two doses of an Omicron BA.1-adapted vaccine. [0219] Fig. 4. Variant-induced broad neutralization can be mediated by expansion of responses against conserved epitopes (i.e. recall responses). Provided is data demonstrating that, while exposure to a new variant of a infectious agent (Omicron BA.1 in the Figure) can induce a broad immune response, in some embodiments, that broad immune response is driven by the activation of memory B cells and recognition of conserved epitopes, rather than generation of new antibodies that recognize epitopes unique to the new variant. A person of skill in the art will recognize that while the data depicted in the Figure pertain to SARS-CoV-2, the results demonstrate that similar effects could be observed in other infectious diseasese and/or that similar experiments could be performed to characterize immune imprinting in other infectious dieases. Pseudovirus neutralization assays and FACS analysis of BMEM cells using fluorochrome-labeled Spike or RBD tetramers were performed on sera samples collected from the patient groups summarized in Figure 3. (A) Shows pseudovirus neutralization assay results. Pseudovirus neutralization titers (pVN50) were collected for pseudoviruses comprising S proteins of various coronavirus variants and strains (variants and strains indicated along X-axis). Assay results demonstrate that Omicron BA.1 infection augments broadly neutralizing activity against Omicron variants, especially against BA.1. (B) Shows representative FACS plots, using flourescently labeled S proteins or RBDs of a full length S protein or RBD. FACS results show that a majority of memory B cells bind epitopes that are common to the Wuhan S protein and the Omicron BA.1 S protein, or that are unique to the Wuhan S protein, but very few are specific to Omicron BA.1. These results suggest that a first exposure to wild-type S protein has imprinted against novel BMEM responses recognizing BA.1 specific epitopes. BNT162b23 corresponds to sera samples collected from subjects administered three doses of BNT162b2 and who showed no evidence of subsequent SARS-CoV-2 infection. BNT162b2² + Omi corresponds to sera samples collected from patients administered two doses of BNT162b2 and who subsequenctly experienced a breakthrough SARS-CoV-2 infection at a time of high Omicron BA.1 prevalence. BNT162b23 + Omi corresponds to sera samples collected from patients administered three doses of BNT162b2 and who subsequenctly experineced a breakthrough infection at a time of high Omicron BA.1 prevalence. Blood drawn 1 month after last vaccination (SARS-CoV-2 naive) or infection (BA.1 breakthrough). Data also shown and described in Quandt and Muik et al., 2022, the contents of which are hereby incorporated by reference in their entirety. [0221] Fig. 6. Immune imprinting may not be effectively overcome by repeated exposures to an infectious disease variant. Data is shown from subjects exposed to an Omicron BA.1 variant. Sera samples were depleted using the indicated bait protein (e.g., using an assay similar to that depicted in Fig.2(B)), and then screened in a pseudovirus neutralization assay comprising a Wuhan Spike protein (Wuhan-pVNT) or an Omicron BA.1 Spike protein (Omicron BA.1-pVNT). Of the 13 individuals screened, only one showed an Omicron BA.1-specific neutralization response (indicated in red). The Quandt and Muik et al. study (employees at BioNTech SE), cited in paragraph [0219], is available at the following URL: https://www.science.org/doi/10.1126/sciimmunol.abq2427 This paper shows that Omicron BA.1 breakthrough infection in individuals vaccinated with BNT162b2 induces neutralizing activity against BA.1, BA.2, and prior SARS-CoV-2 variants of concern (VOCs), while exhibiting little to no neutralizing effect against BA.4/BA.5 sublineages. This study demonstrates that this neutralizing activity is not primarily driven by the induction of de novo BA.1-specific B cells, but rather by recall responses of memory B cells (BMEM) that had been previously established by vaccination based on the Wuhan strain. This mechanism may increase vulnerability to variants that have accumulated additional mutations in conserved regions, such as BA.4/BA.5 and later lineages. These findings support that the Original Antigenic Sin resulting from initial antigen exposure is a genuine phenomenon in SARS-CoV-2. In contrast, BioNTech has proposed a strategy in which, for individuals already exposed to the Wuhan-strain Spike, the antigen design is limited to the RBD/S1 regions, where mutations are to be concentrated, rather than the full-length Spike containing many conserved epitopes. This approach aims to avoid preferential responses driven by pre-existing memory B cells and to induce variant-specific naïve B cell responses (see Claim 1). Claim 1. A method of inducing an immune response in a subject who was previously exposed to a first SARS-CoV-2 Spike (S) protein, the method comprising a step of delivering a polypeptide comprising a fragment of a second SARS-CoV-2 S protein to the subject, wherein the fragment of the second SARS-CoV-2 S protein comprises or consists a Receptor Binding Domain (RBD) or an SI domain of the second SARS-CoV-2 S protein, and wherein the fragment of the second SARS-CoV-2 S protein comprises one or more mutations of one or more SARS-CoV-2 variants. In other words, this represents a design philosophy clearly distinct from existing mRNA platforms in that the immune response is reconfigured using Spike fragments containing mutations (RBD/S1 regions) for individuals already exposed to the full-length Wuhan-strain Spike. In mouse models, such fragment-based designs (particularly those centered on the RBD) have been shown to induce higher neutralizing antibody titers and variant-specific B cell responses, suggesting a potential mitigation of the effects of immune imprinting. However, in contrast to the design philosophy disclosed in this patent, the BioNTech mRNA vaccines implemented in real-world use consistently encode the full-length Spike protein, and fragment-based designs aimed at avoiding Original Antigenic Sin have not been adopted. This divergence is significant, as it implies that all recipients of mRNA vaccines targeting the full-length Wuhan Spike are inherently exposed to the blind risk posed by Original Antigenic Sin. It is important to emphasize that this problem framing does not arise from external critique but is explicitly recognized in BioNTech’s own patent. That is, the existence of Original Antigenic Sin, its immunological constraints, and potential technical strategies to circumvent it are internally acknowledged and documented. Nevertheless, at the level of societal implementation, these premises and limitations are rendered invisible and translated into simplified terminology such as “safety” and “efficacy.” Within this structure, it is evident that “scientific evidence” is no longer a neutral description. Rather, it constitutes a normative narrative organized to guide human behavior toward specific medical practices.
🇩🇪 Übersetzung
RT von @Patent SUN: @RWMaloneMD Immundruck, auch als Original Antigenic Sin bekannt, ist ein gut erkanntes Phänomen, das nicht nur mit Influenza-Impfstoffen, sondern auch mit SARS-CoV-2 mRNA-Impfstoffen auftritt. BioNTech erkennt in seiner eigenen Patentanmeldung WO2024/176192A1 ausdrücklich an, dass BNT162b2 Original Antigen Sin induziert. Einer der Erfinder dieses Patents ist Ugur Sahin, CEO von BioNTech. WO2024/176192A1 ist unter folgender URL verfügbar: http://patents.google.com/patent/WO2024176192A1/en?oq=WO2024%2f176192A1 BioNTech gibt in den Absätzen [0003] bis [0005] wie folgt an: [0003] Seit der ersten Entdeckung von SARS-CoV-2 sind weltweit mehrere Varianten entstanden. Die Entstehung dieser neuen zirkulierenden Varianten von SARS-CoV-2 hat erhebliche Bedenken hinsichtlich der zeitlichen Wirksamkeit von Impfstoffeingriffen aufgeworfen. Die Entstehung von Omicron (B.1.1.529) Varianten, die eine Reihe von Mutationen im S-Protein enthalten, war von besonderer Bedeutung. [0004]・・・・In einigen Ausführungsformen können hierin bereitgestellte Technologien einen Immundruckeffekt teilweise oder vollständig ansprechen und/oder überwinden. [0005] Immundruck ist ein Phänomen, bei dem eine frühere (z.B. initiale) Belichtung mit einer ersten Dehnung oder Variante eines infektiösen Mittels (bzw. eines oder mehrerer Antigene davon) die Entwicklung einer Immunantwort gegen nachfolgende Stämme oder Varianten eines infektiösen Mittels (z.B. durch Interferieren mit der Antikörpergeneration, die einzigartige Epitope binden, behindert. Immundruck kann ein besonderes Anliegen für Infektionsmittel sein, die eine hohe Anzahl oder Dichte von Mutationen im neutralisationsempfindlichen Bereich (z.B. SARS-CoV-2) erwerben können. Ferner wird anhand der in den Absätzen [0216] bis [0238] beschriebenen und in den Figuren 1 bis 23 gezeigten Analysenreihe systematisch nachgewiesen, dass bei Menschen und Mausmodellen, die mehrere Dosen (2–4 Dosen) BNT162b2 verabreicht haben, die anfängliche Exposition gegenüber einem aus der Wuhan-Sorte abgeleiteten Volllängen-Spitzen-Antigen eine Immunprägung (originale Antigensinussinus) induziert. Unter Verwendung von Durchfluss-Cytometrie- und Serum-Depletion-Analysen (Abb. 2), in Kombination mit experimentellen Systemen mit Infektions- und zusätzlichen Impfungsbedingungen (Abb. 3), wurde gezeigt, dass auch nach Belichtung mit Variantenstämmen wie Omicron BA.1 die Mehrzahl der induzierten Antikörper-Antworten nicht von Novo-Antworten gegen neue Epitope abhängig sind, sondern von der Reaktivierung (Recall-Antworten). Weiterhin bleibt auch nach Infektion oder Exposition gegenüber Varianten wie BA.1, BA.2 und BA.4/5 die Neutralisationsaktivität gegen hoch immunevasive Varianten, wie z.B. die der XBB-Lineage, die eine geringe Erhaltung neutralisierender Epitope aufweisen, begrenzt (Abb. 5). Diese Begrenzung wird auch durch wiederholte Exposition gegenüber Variantenstämmen nicht ausreichend überwunden, und die Induktion von Varianten-spezifischen B-Zellen bleibt extrem begrenzt (Abb. 6 und 7). Diese Ergebnisse legen nahe, dass das durch die anfängliche Immunisierung gebildete Speicher B-Zellrepertoire die Selektivität nachfolgender Immunantworten festlegt und die Aktivierung von naiven B-Zellen, die neue Epitope erkennen, relativ unterdrückt. Im Gegensatz dazu wurden bei Mäuse-Immunisationsstudien mit Antigen-Designs auf hochmutierte Regionen wie RBD und S1-Domains unter Ausschluss konservierter Regionen (z.B. der S2-Domain) (Abb. 8) verkürzte Antigene, insbesondere membrananchoredte RBD-Konstrukte, gezeigt, um variantenspezifische B-Zellen zu induzieren und Antikörper-Reaktionen effizienter und konsequenter zu neutralisieren (Abb. Dabei werden die Absätze [0218], [0219] und [0221] genannt. [0218] Abb. 3. Experimentelles Design zur Beurteilung der Auswirkungen des Immundrucks. Zur Veranschaulichung zeigt die Figur ein Experiment, das darauf abzielt, die Auswirkungen des Immundrucks in SARS-CoV-2 zu beurteilen, aber eine der Fähigkeiten in der Kunst wird erkennen, dass das gezeigte Experiment leicht angepasst werden kann, um Immundruck in jedem infektiösen Krankheitskontext zu charakterisieren. Sera-Proben wurden von Probanden entnommen, die 2 oder 3 Dosen eines Impfstoffs verabreicht wurden, der ein SARS-CoV-2 S-Protein (z.B. BNT162b2) und (i) infiziert mit einer Omicron BA.1 SARS-CoV-2 Variante, (ii) infiziert mit einer Omicron BA.1 Variante und anschließend ein Omicron BА.1-adapted Impfstoff (B. [0219] Abb. 4. Variant-induzierte Breitneutralisation kann durch Erweiterung von Reaktionen gegen konservierte Epitope (d.h. Rückrufantworten) vermittelt werden. Vorgesehen sind Daten, die zeigen, dass während der Belichtung mit einer neuen Variante eines infektiösen Mittels (Omicron BA.1 in der Figur) eine breite Immunantwort induzieren kann, in einigen Ausführungsformen, dass breite Immunantwort durch die Aktivierung von Speicher B-Zellen und Erkennung von konservierten Epitopen angesteuert wird, anstatt Erzeugung neuer Antikörper, die einzigartige Epitope für die neue Variante erkennen. Ein Fachmann wird erkennen, dass während die in der Figur dargestellten Daten zu SARS-CoV-2, die Ergebnisse zeigen, dass ähnliche Effekte bei anderen Infektionskrankheiten beobachtet werden konnten und/oder dass ähnliche Experimente durchgeführt werden konnten, um Immundruck in anderen Infektionsdiäten zu charakterisieren. Pseudovirenneutralisations-Assays und FACS-Analyse von BMEM-Zellen unter Verwendung von fluorchrom markierten Spike- oder RBD-Tetrameren wurden an Sera-Proben durchgeführt, die von den Patientengruppen gesammelt wurden, die in Abbildung 3 zusammengefasst sind. (A) Zeigt Pseudovirenneutralisations-Assayergebnisse. Pseudovirenneutralisationstiter (pVN50) wurden für Pseudoviren, enthaltend S Proteine verschiedener Coronavirus-Varianten und -Stämme (Varianten und Stämme, die entlang der X-Achse angegeben sind) gesammelt. Untersuchungsergebnisse zeigen, dass Omicron BA.1 Infektionsvergrößerungen breite Neutralisationsaktivität gegen Omicron-Varianten, insbesondere gegen BA.1. (B) Zeigt repräsentative FACS-Plots unter Verwendung von mehleszenzmarkierten S-Proteinen oder RBDs eines S-Proteins oder RBDs. Die FACS-Ergebnisse zeigen, dass eine Mehrzahl von Speicher-B-Zellen Epitope binden, die mit dem Wuhan-S-Protein und dem Omicron-BA.1S-Protein gemeinsam sind, oder die eindeutig mit dem Wuhan-S-Protein sind, aber sehr wenige sind spezifisch für Omicron BA.1. Diese Ergebnisse weisen darauf hin, dass eine erste Exposition gegenüber Wildtyp-S-Protein gegen neue BMEM-Antworten, die BA.1 spezifische Epitope erkennen, aufgedruckt ist. BNT162b23 entspricht Sera-Proben, die aus drei Dosen BNT162b2 verabreichten Probanden entnommen wurden und keine Nachweise für eine spätere SARS-CoV-2 Infektion zeigten. BNT162b22 + Omi entspricht Sera-Proben, die von Patienten, die zwei Dosen von BNT162b2 verabreicht wurden, gesammelt wurden und bei einer hohen Omicron BA.1 Prävalenz eine bahnbrechende SARS-CoV-2 Infektion erfahren haben. BNT162b23 + Omi entspricht Sera-Proben, die von Patienten, die drei Dosen von BNT162b2 verabreicht wurden, gesammelt wurden und bei hoher Omicron BA.1 Prävalenz eine bahnbrechende Infektion erlitten haben. Blut gezogen 1 Monat nach der letzten Impfung (SARS-CoV-2 naive) oder Infektion (BA.1 Durchbruch). Auch in Quandt und Muik et al., 2022 gezeigte und beschriebene Daten, deren Inhalt hiermit vollständig durch Bezugnahme aufgenommen wird. [0221] Abb. 6. Immundruck kann durch wiederholte Expositionen einer Infektionskrankheitsvariante nicht wirksam überwunden werden. Die Daten werden von Subjekten angezeigt, die einer Omicron BA.1 Variante ausgesetzt sind. Sera-Proben wurden mit dem angegebenen Köderprotein (z.B. mit einem Assay ähnlich dem in Abb.2(B)))) abgereichert und anschließend in einem Pseudovirenneutralisationstest mit einem Wuhan Spike-Protein (Wuhan-pVNT) oder einem Omicron BA.1 Spike-Protein (Omicron BA.1-pVNT) abgeschirmt. Von den 13 Personen, die geschirmt wurden, zeigte nur eine Omicron BA.1-spezifische Neutralisationsreaktion (in rot angegeben). Die in Absatz [0219] genannte Quandt- und Muik et al.-Studie (Arbeitnehmer bei BioNTech SE) ist unter folgender URL verfügbar: http://www.science.org/doi/10.1126/sciimmunol.abq2427 Dieses Papier zeigt, dass Omicron BA.1 Durchbruchsinfektion bei mit BNT162b2 geimpften Individuen Neutralisationsaktivität gegen BA.1, BA.2 und frühere SARS-CoV-2 Besorgungsvarianten (VOCs) induziert und wenig bis keine neutralisierende Wirkung gegen BA.4/BA.5-Unterpositionen zeigt. Diese Studie zeigt, dass diese Neutralisationsaktivität nicht primär durch die Induktion von de novo BA.1-spezifischen B-Zellen angetrieben wird, sondern durch Rückrufreaktionen von Speicher B-Zellen (BMEM), die zuvor durch Impfung auf Basis des Wu-Stammes etabliert worden waren. Dieser Mechanismus kann die Verwundbarkeit von Varianten erhöhen, die zusätzliche Mutationen in konservierten Regionen wie BA.4/BA.5 und spätere Lineagen angesammelt haben. Diese Befunde unterstützen, dass die aus der ersten Antigenexposition resultierende ursprüngliche Antigensünde ein echtes Phänomen in SARS-CoV-2 ist. Im Gegensatz dazu hat BioNTech eine Strategie vorgeschlagen, bei der für Personen, die bereits dem Wuhan-Strain Spike ausgesetzt sind, das Antigen-Design auf die RBD/S1-Regionen beschränkt ist, in denen Mutationen konzentriert werden sollen, und nicht auf die Volllänge Spike mit vielen konservierten Epitopen. Dieser Ansatz zielt darauf ab, Vorzugsantworten, die von vorbestehenden Speicher-B-Zellen angesteuert werden, zu vermeiden und Varianten-spezifische naive B-Zellantworten zu induzieren (siehe Anspruch 1). Anspruch 1. Verfahren zur Induktion einer Immunantwort in einem Subjekt, das zuvor einem ersten SARS-CoV-2 Spike (S)-Protein ausgesetzt war, wobei das Verfahren einen Schritt zur Abgabe eines Polypeptids umfassend ein Fragment eines zweiten SARS-CoV-2 S-Proteins zum Subjekt umfasst, wobei das Fragment des zweiten SARS-CoV-2 S-Proteins eine Receptor Binding Domain (RBD) oder eine SI-Domain des zweiten SARS umfasst. Mit anderen Worten, dies stellt eine Designphilosophie dar, die sich deutlich von den vorhandenen mRNA-Plattformen unterscheidet, indem die Immunantwort mit Spike-Fragmenten, die Mutationen (RBD/S1-Regionen) enthalten, für Personen, die bereits der Volllänge Wuhan-Strain Spike ausgesetzt sind, rekonfiguriert wird. In Mausmodellen wurden solche fragmentbasierten Designs (insbesondere die auf der RBD zentrierten) gezeigt, um höhere neutralisierende Antikörpertiter und variantenspezifische B-Zellantworten zu induzieren, was eine potenzielle Minderung der Wirkungen von Immundruck bedeutet. Im Gegensatz zu der in diesem Patent offenbarten Designphilosophie wurden jedoch die in der realen Welt implementierten BioNTech mRNA-Impfstoffe konsequent kodieren das längenreiche Spike-Protein und fragmentbasierte Designs zur Vermeidung von Original Antigen Sin nicht angenommen. Diese Divergenz ist von Bedeutung, da sie impliziert, dass alle Empfänger von mRNA-Impfstoffen, die auf die Volllänge Wuhan Spike gerichtet sind, dem blinden Risiko ausgesetzt sind, das von Original Antigenic Sin. Es ist wichtig zu betonen, dass dieses Problem-Framing nicht aus externer Kritik entsteht, sondern im eigenen Patent von BioNTech ausdrücklich anerkannt wird. Das heißt, die Existenz der Original Antigenen Sünde, ihre immunologischen Zwänge und potenzielle technische Strategien, um sie zu umgehen, werden intern anerkannt und dokumentiert. Dennoch werden auf der Ebene der gesellschaftlichen Umsetzung diese Räumlichkeiten und Einschränkungen unsichtbar gemacht und in vereinfachte Terminologie wie „Sicherheit“ und „Wirklichkeit“ übersetzt. In dieser Struktur ist ersichtlich, dass „wissenschaftliche Beweise“ keine neutrale Beschreibung mehr sind. Vielmehr stellt sie eine normative Erzählung dar, die organisiert ist, um das menschliche Verhalten zu bestimmten medizinischen Praktiken zu führen.
Nitter X.com nur @Patent_SUN 2026-03-24 16:13:58
@Patent_SUN @SecondRayer RT von @Patent_SUN 22.03 09:08
'[Koronarokotteista löydettyjen] sivutuotteiden olemassaolo tunnustetaan - Mutta missä on data?' Käännettyjä nostoja professori Kuberwasserin [@KUPERWASSERLAB] artikkelista - 🧵 https://x.com/brownstoneinst/status/2035340760132862289?s=20
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RT von @Patent_SUN: „[Koronarokotteista löydettyjen] sivutuotteiden olemassaolo tunnustetaan – Mutta missä on data?“ Käännettyjä nostoja Professori Kuberwasserin [@KUPERWASSERLAB] artikkelista - 🧵 https://x.com/brownstoneinst/status/2035340760132862289?s=20
Nitter X.com nur @Patent_SUN 2026-03-23 16:19:58
@Patent_SUN @p_a_weed RT von @Patent_SUN 21.03 15:10
これがコクランレビューでは「プラセボは蒸留水」という表現に。びっくり。 蒸留水(で溶いた賦形剤、抗原以外全部入り)ということらしい。 https://pmc.ncbi.nlm.nih.gov/articles/PMC11064886/
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RT von @Patent_SUN: 蒸留水(で溶いた賦形剤、抗原以外全部入り)ということらしい. https://pmc.ncbi.nlm.nih.gov/articles/PMC11064886/
Nitter X.com nur @Patent_SUN 2026-03-23 16:19:58
@Patent_SUN @37mule RT von @Patent_SUN 20.03 12:22
Once again @Patent_SUN brings the receipts
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RT von @Patent_SUN: Wieder einmal bringt @Patent_SUN die Quittungen
Nitter X.com nur @Patent_SUN 2026-03-21 08:17:04